遠雷

見た映画の感想など

ミスト感想。

救いのない話をお前にしてやろう。と言われてから観たかった。とてもしんどい、しんどいんですけど、もうこんなに人を描ける監督に畏敬の念しかない。しかしもうこの映画は2回と観たくない。胸が押し潰されそう。

 

全てが悪い方向に化学反応を起こしたらこうなるのでは?と思うくらい、人と人とのやり取りがどんどんトラブルを連れてくる。思いやりという潤滑油のないコミュニケーションが、いかに軋轢を生むかをまざまざと見せつけられる。相手の思想信条を慮ることは高度なコミュニケーション技能なのかもしれないし、余裕がなくなると人は人でいられないのかもしれない。

 

神を狂信する女性がもたらす混沌と熱狂が、恐ろしくて恐ろしくて、ずっと震えながら見ていた。異常な状況下での独断と偏見は容易に救済に成り得る。みな縋り付く先が欲しいからだ。
軍の研究が原因だ!お前のせいだ!生贄だ!と祭り上げられる軍人の青年に向けられる憎悪に声を失う。彼を取り囲む人達にとって、彼はすでに人間ではないのだ。腹を刺した瞬間の熱狂、店の扉の外へ締め出した優越、化け物に食べられた瞬間の僅かな罪悪と多分な達成感。人間の悪いところを圧縮されている。しんどい。

脱出しようと行動する主人公たちと、真っ向から対立する暴徒にも近い彼女たちで、小さな戦争の様相。刃物を持って襲いかかってくる他者との乱闘に響く一発の銃声。彼女が倒れ血溜まりが広がる。そこでポツリと零された「……人殺しだ」の一言に背筋が粟立つ。あの青年を殺したのは誰だ。
大義名分さえあれば、人は簡単に人を殺してしまうのかもしれない。他者の死はいつでも遠い対岸の火事だ。それはずっと隣にあるにも関わらず。

あのメガネをかけた店員さんが、最初からとても冷静で他者に対して寛容だったのはその能力によるところが大きい。その気になればここの人たちを迷いなく撃ち殺せるというのは、あの状況下ですごいアドバンテージだと思う。ある種の自己肯定感ともイコールというか。明確な戦闘能力は嘘をつかない。

 

最後のシーン、あの数分で絶望を連れてこられて思わず目を覆った。しんどい。実にしんどい。
私は4人を殺した彼を責める言葉を持たないし、彼を責められない。結果としてそうなってしまっただけで。強いていうならば、状況を切り拓こうとする勇敢さだろうか。……ただただ、運が悪かったのだと思う。私は視聴者としてメタ的に観てるからこそ、彼の選択に天を仰ぎそうになるけれど、あの状況下なら私も彼と同じ選択をした気がする。

 

地獄に堕ちろと吐き捨てて霧の中に出て行った女性の眼差しが静かで鮮烈な断罪だった。自分の力で暗黒を切り開こうとした彼は、世界にとって傲慢なイカロスだったのかもしれない。